大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ネ)63号 判決

控訴人と小林卓とは、昭和二十五年十二月二十一日婚姻し、当初は平穏な生活をすごしていたが、まもなく控訴人がさ細なことで卓に暴力を振うようなことが起り、昭和二十九年秋には、卓が控訴人に顔を殴られて怪我をし、一週間ほど医者の手当を受けるという出来ごともあつた。このようなことが原因して夫婦仲はうまくいかなかつたところから、卓は控訴人と別れたいと考えるようになり、昭和三十年初め頃新聞の外交員をしていた小林秀夫に自分の別れ話を新聞の人生相談に出すように頼んだことがきつかけとなつて小林と親密となり、同人と情交関係までも結ぶようになつた。このことを知つた控訴人は、卓の不貞を悟つて離別しようと決心し、一方卓も居づらくなつて同年三月頃いつたん群馬県下の実家に帰つた。しかし、まもなく、卓が実家から自己の不貞を詑びる手紙をよこしたり、かつての媒酌人も切に控訴人の飜意を求める態度に出たことなどから、控訴人は、ひとまず卓の不貞を許すこととし、同年十月頃から再び卓と同居生活を始めた。ところが、その後も家庭内は円満にはいかず、控訴人が卓に暴力を振い、卓もまた持前の強気の性格から控訴人にかみついて傷を負わすなどの夫婦げんかが続いたため、卓は控訴人と別れてよそで働こうと考え、同年暮頃東京芝浦電気株式会社横須賀工場に就職を求めて出向き、そこで出会つた同工場警備係の被控訴人に家庭事情などを打明けて、就職のあつせんを頼んだ。

被控訴人が昭和三十一年春頃から自宅に卓の出入りすることを許したのは、それが卓の身の上に同情したためであつたとしても、しばしば卓を寝泊りまでさせたのであるから、両者の間にはその当時から単なる同情の範囲をこえた普通でない関係があつたことを疑わせるに十分であり、卓が被控訴人宅に同居するに至つた同年十二月以降は、両者間に情交関係が生じたと認めざるをえない。(中略)

昭和三十一年春頃控訴人と卓との仲はすでに破綻していて、卓が離婚の意思をもつていたことは、上記認定事実から明らかであるが、控訴人はなお卓の夫であつたのであるから、被控訴人がそのことを知りながら卓との間に前記の関係をもつたことは、控訴人の夫たる地位を不法に侵害したものといわなければならない。被控訴人が卓をそそのかして離婚の調停を申立たせたという控訴人の主張事実はこれを認めるに足りる証拠はない。(中略)

被控訴人は、控訴人と卓との婚姻関係は昭和二十八年四月頃までに破綻していたものであり、昭和三十一年九月当時には夫婦ともに離婚の意思が確定的であつたから、両者の離婚に被控訴人が介入する余地などはなかつた旨主張する。昭和三十一年九月当時控訴人も卓も離婚の意思が確定的であつたことは、さきに認めたところから明らかである。しかし控訴人が昭和三十年春頃における卓の不貞行為を許して同年十月頃から再び同居生活を続けたことは前認定のとおりであり、そして、控訴人が昭和三十一年九月当時卓を離別する意思を固めていたのは、卓が同年春頃から被控訴人と通常でない関係を持つに至つたことに起因することさきに認めたところによつて容易に推測できるのであるから、被控訴人の主張するような理由で被控訴人の責任を否定することはとうていできない。

本件の事実関係に基づき、控訴人の受けた精神的苦痛に対する慰藉料について考えるに、被控訴人が卓と特殊な交渉をもつに至つた昭和三十一年春頃には、控訴人と卓とが婚姻関係が破綻して事実上離婚状態にあつたことは上記によつて明らかであるから、この事情を重視し、なお控訴人と卓との夫婦生活の実状および本件にあらわれたすべての事実関係を参しやく考慮して、控訴人の受けた精神上の苦痛に対する慰藉料の額は金五万円が相当であると認める。

(新村 市川 中田)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!